震災から5カ月となる8月11日、亘理町合同追悼式が亘理中学校体育館で挙行されました。追悼式には、遺族・親族をはじめ、内閣府副大臣や宮城県副知事ら約1000人が参列し、震災で亡くなられた方々の慰霊を行いました。

式辞で齋藤邦男亘理町長は、「震災直後は避難中の住民が津波に飲み込まれたという目撃情報など、さまざまな情報が交錯するなか、通信手段もままならない状況と津波による浸水、さらには暗闇の中で近づくこともできず、助けに行きたくてもどうすることもできない、ただただみなさんの無事を祈るばかりでした。亘理町では、このたびの震災で多くの町民の方々の尊い生命と貴重な財産を一瞬にして失い、これほど多くの方々が犠牲となられたことは誠に痛恨の極みです。このような大惨事を私たちの子孫にもう二度と体験させる訳にはいきません。亡くなられた方々の死に報いるためにも、この災害を決して忘れることなく、尊い教訓として心に刻み、後世に正しく伝え、災害に強いまちづくりの構築、元気・活気のある産業拠点のまちづくりを推進し、町民が将来にわたって夢と希望の持てるまち"新生わたり〟として復興・発展させていくことをここに固くお誓い申し上げます」と述べました。

続いて、遺族代表のお別れの言葉が捧げられました。家族5人を亡くした小野時郭さん(65)は「家族・子どものことを思うと悲しみをおさえ、涙があふれでる思いをこらえています。本当に心から泣けるのはいつになるのかわからない。5か月もたってしまった今、追悼式を機に一歩一歩新しい生活に進みたい、でもみんなを忘れることはないでしょう」と言葉を詰まらせながら語りました。

また、小野太郎さんは、「震災から5か月です。ばあちゃん、荒浜は家も松林もなくなって、もう前の荒浜じゃないよ。近所の人たちもバラバラになっちゃった。ばあちゃん、これから僕たち家族4人で力を合わせて何とか生きていくよ。僕も一生懸命勉強して世の中のために働くよ、そしていつか復興したよって報告するよ」といつも優しい言葉をかけてくれた祖母へ語りかけました。

参列者は、ヒバと菊で彩られ、復興のシンボルとして夏のひまわりが飾られた祭壇へ花を供え、それぞれの思いを込めて静かに手を合わせていました。

8月11日現在、亘理町民の死者は295人で、未だ5人の方々が行方不明となっています。